わだは30年前に行ったことがあった。
店主は女性で、息子が一人いた。何故か私が洗髪してもらっている時だけ歌をうたう子だった。
わだがあるアパートには笛吹きとギター弾きが住んでいたので、丁度その間だけ演奏してくれたのだ。洗髪中はタオルが顔を覆っているので、そのバンドのメンバーがどんな顔をしているのかは分からなかったのだが、彼らの楽しそうな表情と、馴染みのお客さんや新しいお客さんがなんとなく耳を傾けているという、その状況が店主やお店の佇まいを表していた。
店主は四十歳程度で手のひらは荒れてガサガサしていた。頬に剥けた皮が少し当たるだけでチクッとしたが、誰も彼女の手のひらの事には触れなかったし、チクっとするのは洗髪中だけだったので、皆その時はバンドの演奏を聴いて和んでいるところだったのだ。
歌詞は子どもが歌うような分かりやすい内容ではない。
夕食が三日間ほどライスカレーだったのに、父親はまだ車から降りられないという事を嘆く歌詞だったり、電球は一つでも二つでも三つでもあまり変わらないような気がするという歌詞だったり、日常を歌っているかと思えばそうとも限らず、具体的な惑星の大きさを歌ったりと、何かのたがが外れているような気もした。
カットが終わって支払いを済ませ、帰るときにまた今までと同じように次回の予約をしたのが1976年の8月。予約はその年の12月だった。しかし年末の忙しなさに流されてか、何も言わずに予約の時に向かわなかった。なんだか自分でも気持ちが悪くなった頃、1977年の1月の終わりに向かうと、ドアは閉めきったまま開かず、窓から中を覗いてみるとギターと笛が床に乱雑に置いてあった。
逃げたのだな、つまり何処かへ行ったのだ、と、私はすぐにこの店は最初からなかったのだと、なるべく残念に思わないように瞬間的に悲しい思いを塞いで30年後。
店は勿論、朽ち果てて営業などしていない。